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常設展示

常設展示「美作の歴史と文化」

 

 当館の常設展示は、地質時代から現代までの美作地域の歩みを通史的に展示し、7つの大テーマに区分されています。

 以下、順番にあらましをご紹介します。

 

①美作の自然と風土

美作地域は岡山県の北部に位置し、そのほぼ中央に津山盆地があります。津山盆地の大部分は、約1500万年前の新第三紀中新世の地層でおおわれています。当時のこの地域は、ちょうど今の瀬戸内海のように大小の島々が点在する海の浅瀬で、気候は今より暑かったと考えられます。ここでは、津山市内で発見されたパレオパラドキシアの骨格復元模型をはじめ、海棲生物の化石を展示しています。

②美作のあけぼの

美作地域で最古の人の生活の痕跡は約3万年前、そして人が定住するようになるのは弥生時代中期からと考えられます。また、古墳時代の美作を代表する特徴的な遺物が陶棺で、土師質陶棺の約7割が美作で出土しています。ここでは、各時代の出土遺物のほか、恩原遺跡の地層転写や祇園畝2号墳の石室復元模型を展示しています。

 

 

③古代国家と美作

和銅6年(713)に備前国から北部の6郡が割かれて、美作国が置かれました。その国府と国分寺は、発掘調査によって所在地が確認されています。また、美作国とその周辺部は古代の鉄生産の中心地であり、鉄製品や製鉄炉・鉄滓などが各地で出土します。ここでは、国府・国分寺および製鉄遺跡の出土遺物や国府跡の井戸の模造資料などを展示しています。

④武士の争いと宗教

中世には美作国内にも各地に荘園が形成され、特に足利氏と関係の深いものが多くありました。美作守護職には常に幕府の有力者が就任し、国内から有力者が成長せず、戦国時代には周辺の各大名が争奪を繰り返し、戦乱に明け暮れました。浄土宗を開いた法然も、美作の武士の家に生まれています。ここでは、美作の中世の状況を示す文書の実物・複製や、当時盛んに作られた勝田焼などを展示しています。

⑤津山藩と民衆

慶長8年(1603)に美作一国を与えられた森忠政は、翌年から居城として津山城を築城、同時に城下町の整備を進めたことにより、今の津山市街地の基礎が形成されました。森家は4代90年余り美作一円を治め、その後は松平家が美作のうち10万石を与えられ、9代170年余り治めて明治維新を迎えます。ここでは、城郭・城下町の絵図や藩政資料、藩主乗物や熊毛槍などのほか、津山城の復元模型を展示しています。

 

 

 

⑥郷土の百年

廃藩置県で津山藩が消滅すると、美作一円は北条県となった後、岡山県に併合されます。明治期の美作では自由民権運動が高揚したほか、尾上柴舟・大谷是空・西東三鬼らの文化人が輩出しました。昭和4年(1929)に津山市が誕生し、数度の合併を経て現在に至っています。ここでは、美作出身の民権家や文化人の資料をはじめ、近代の学校の歩みや津山市制の歴史がわかる資料を展示しています。

⑦美作の美術・工芸

美作の近世の画家としては、津山藩お抱えの狩野派歴代の絵師や、江戸一目図の作者として有名な鍬形蕙斎、南画家の広瀬台山、その弟子の飯塚竹斎などがいます。刀工には、兼景、兼先、細川正義らがいます。近代以降では、洋画家の河井達海、版画家の永礼孝二、書家の内田鶴雲、彫書家の彫無季、彫刻家の久原濤子などがいます。当館所蔵の彼らの作品を、随時入れ替えながら展示しています。

 

 

3階中央(テーマ⑤・⑦)の現在の展示資料

展示替えにあわせて随時更新します。

 

 

 
 江戸一目図屏風(複製)

 津山藩江戸鍛冶橋屋敷図

元禄11年  領地目録 

鈴木松年筆 双松図屏風(左隻) 

 

  

 

 

 手前:松平家所用 長持

 奥:熊毛槍

 左:兜 藩主松平家伝来

 右:黒塗足軽具足

手前:火縄銃

奥:伝 森忠政奉納鉄楯

右:刀  石川正光作

中:刀  兼景作

左:大身槍  細川正義作